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décembre 19, 2010

エコノミスト南の貧困と闘う - ウィリアム・イースタリー

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図書館で借りてきた「エコノミスト 南の貧困と闘う」を読みました。

世界銀行で働いていた経済学者の著者が南の貧困を解決するためにこれまで世界銀行やIMFが行なってきた経済援助の分析を行い、何をするべきかを考える手助けをしてくれる本です。そもそもの考え方としては、これまで南の貧困を救うことはできなかったのは、「人間はそうすることが経済的に見合うことはするし、見合わないことはしない」。スティーブン・ランズバーグは『ランチタイムの経済学』の中で「人はインセンティブに反応する。それ以外は、付随的な注釈にすぎない」ということなのです。様々な視点から何故援助がうまくいかないのか、ということを分析しており、興味部会です。世界銀行の経済援助の方法に対して失敗だったと素直に認めているため、本の中では「こういう研究をするのを許してくれる世界銀行は懐が広い」と言っていますがその後退職させられたようなのが残念です。

---この先読書メモ

【単なる投資】ハロッド=ドーマー・モデル(1946-2000)の、援助資金でダムや道路や機械に投資すれば経済が成長するという考え方("Capital Expansion, Rate of Growth, and Employment")は本人によって否定されているのにドーマー・モデルは生き残り、貧困国の目標成長率を計算するためにこのモデルを利用してきた。ただし、ダムや機械や道路に投資をしてもそれを使う人が成長していなければ使えないし、短期的に経済成長が期待されるものでもない。(資本ギャップを埋めたくらいでは成長しない)。援助したからといって将来大きな収益が得られると思えない限り援助金を投資にまわすことはないし、たいした収益が期待できなければ投資などしない。消費を増やして借金を増やすだけになるかもしれない。なぜなら人はインセンティブに反応するものであるのだから。

【機械への投資】一方、ロバート・ソローは「長期的成長の唯一の源泉は技術進歩である」と結論づけた。1人が機械を既に8台受け持っている労働者にもう1台割り当てても良い結果が出るとは考えにくい。これが収穫逓減の法則である。逆に、技術進歩をもって1人の労働者の扱える機械を増やすことで経済成長はあり得る。ただし、インセンティブに合ったモノづくりを行わないと、不必要な製品を生産しても経済成長が起きる訳がない。

【教育への投資】教育へ投資をしてきたが、これも経済成長を助けるものにはならなかった。1. 政府の活動が所得移転のインセンティブを高めるのではなく、経済成長へのインセンティブを高めるときのみに教育は効果をあげる 2. 汚職・教師の低い給与、教科書・ノート・鉛筆の不足といった問題が質の高い教育を実現するインセンティブを妨げている。政府や教師が教育に対する援助の中抜きを行う。個人的インセンティブのために。3. ハイテク機械や最新技術の応用等関連投資が行なわれない限り、知識は無駄に使われてしまったり、人材は知識を有意義に利用できる場所に移住する

他にも、人口の抑制や構造調整融資、債務救済等の経済援助が行なわれてきたが、やはりインセンティブがないため成長しないという事例をあげている。

成長しない・するということは自然災害が怒るといった運によることもある。仮にベナンビアとシンガワンという呼ぶ2つの国を想定し、1960年から2000年の経済成長をみると、前者は1人あたり50%所得を向上させたが、後者は一人あたりの所得が3倍になった。経済学者はこれを様々な形で検証し、論文を書くこともできる。実際は、乱数発生機を用いて仮想125カ国において、1人あたりの所得の成長率をマイナス2%~プラス6%の間で変動させた。ベナンビアは最も成長の早い国、シンガワンは最も遅い国である。幸運が成長を助けるということもあり得るのだ。

汚職について、大規模な汚職(首相や国会議員の汚職等)と小規模な汚職(地方警察の汚職等)では、前者の方が国のために良いと言っているのは興味深い。前者は、政府を運営しながら横領をしようと思うので、国の経済成長がなければ横領もできないことから、国の経済発展を助けながら汚職をするような大規模な案が練られ、小さい汚職を行わないよう統制がとられる。一方小さい汚職は組織的には行われず、商売の邪魔をする等国民生活が脅かされるため、経済成長に繋がりにくいのだそうである。また、民族・人種の違いによって経済的な断絶があることも指摘している。

また、知識のある人は知識のある人同士(境遇が似ている人同士)で話した方が新しい協力関係が生まれたり会話をより楽しめるため、集う習性があり、どうせ教育を受けてもこの輪に入ることは難しいと最初から諦めて教育を受けない人々も多いとも論じている。だから東京やニューヨーク等大都市に知識を持った人が人が集う。ちょっと経験的だけど、説得力はあるかもしれない。

何が正しい政策なのか、どう援助すべきなのか、ということに対して、著者は各国政府に5-10年の成長プランを描かせ、これを正当に運営している国のみに援助する等の施策を行わなければ意味がないと論じている。それを実施するときにも、この本にでてきただけでも膨大な範囲の内容を考慮する必要があり、これが正しいという回答はない。

南の問題を考えるとき、一筋縄にはいかないし、何が正しいかは分からない中で(施策が地球・国・地域・その人物のためにとって本当に良いことなのか)、どう問題に取り組むのかを考えさせてくれる入門として良い本だと思った。

投稿者 funya : décembre 19, 2010 10:13 PM

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